日本音楽集団
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 第199回定期演奏会 モニターレポート

■モニターレポート(A.E氏)

「日本音楽を呼び覚ました三木稔作品」を鑑賞して

 日本音楽集団の演奏会を聴きに行くのは初めてで、さまざまな新鮮な驚きがあった。
 まずは当然といえば当然なのだが、曲によって楽器の編成がさまざまであるため、一曲終わる毎に配置換えを行っていた点が新鮮だった。演奏会の序盤はその時間がやや退屈に感じたが、演奏された曲の密度がいずれも濃く、演奏会の終盤には小休止として考えられるようになった。
 編成も思っていた以上に多様で、特に打楽器群がびんざさらなどの鳴り物も使っていたことが興味深い。奏法にしても、太鼓をティンパニーのマレットのようなもので打っており、現代邦楽の新しさ、古典との違いを目の当たりにした思いであった。

 演奏会としては、耳で聴かせるだけでなく目で見せる演出が多く成されていたのが興味深かった。
 《ロータス・ポエム》の尺八ソロが客席から現れ、先に袖に去ってしまう見せ方、《四群のための形象》における打楽器奏者どうしの張り合うような演奏の仕方、そして《四季》の舞台袖からの太鼓、たすき掛けの振り、箏奏者によるでんでん太鼓など、生の演奏会ならではの、空間を使った演出が多く鑑賞していて飽きなかった。

 私は現代邦楽については初心者であり、雅楽に関しては演奏経験もあるものの、近世邦楽には古典でもあまり聞き慣れているとはいえない。このような素人が今回演奏や曲を鑑賞して感じたのは、決してとっつきやすい音楽ではない、ということだ。
 いずれの曲も技術的にも優れており、さまざまな工夫がなされているものの、つかみ所があまりわからず、曲そのものよりも奏法や調絃、演出の面白さばかりが印象に残ってしまった。
 その中でも《四季》は聴きやすく、それぞれの楽章の違いがはっきりとわかり楽しんで聴くことができた。私のイメージする「日本的」な姿に最も近いと感じ、着物姿で演奏するのが最もよく似合うと感じたのもこの曲であった。パンフレットには「情緒的な表題」とあったが、聴く側としてもやはり情緒的な面に日本らしさを求めるのかもしれない、と思った。
 逆に言えば、ほかの作品は「日本」らしさや「和」の雰囲気を楽器や衣装以外からはほとんど感じさせないものであり、邦楽の新しい姿を追求し、国際的にも活躍している集団の性格がよく表れていると感じた。
 そのため、逆に着物を着て演奏していることを不思議に思った。非常に日本的な外観と、日本とも古典ともつかない音楽にギャップを感じたのだ。そこが集団の面白さにつながっているのかもしれないが、時には衣装なども和装でなく洋装にしてみても面白いのではないだろうか(ドレスやタキシードは合わないと思うが)。
 衣装の点について、メンバーの方々がどう考えているのか興味深い。

 邦楽器のオーケストラということで、当初はもっと大編成のものを想像していたのだが、今回の演奏会は比較的小編成かつ多様であった。しかしそれは同時に集団の柔軟性、可能性を表しているように思う。
 歴史が長いグループでありながら、多くの可能性を模索し続けているのは素晴らしい事であると思う。
 次回はどんな作品を聴かせてくれるのか、とても楽しみである。

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