創立50年にあたり、有識者から頂いた特別寄稿をご紹介いたします。
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谷垣内和子
子どもと伝統芸能〜より良い関係づくりのために
谷垣内 和子
(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会・実演芸術振興部企画室長)
● ナマの芸術に触れること
私が生まれ育った地方の山間の町では、ナマの舞台鑑賞の機会は、ほぼ皆無だった。日本の伝統楽器やナマの音に接することもなかった。幼い頃は、近所に住んでいた音楽教師からピアノを習い、小学校ではクラブ活動で器楽合奏を楽しむくらい。いわゆる音楽鑑賞は、限られたレコードやFMラジオがせいぜいだった。
先日、ある地方出身の友人との会話のなかで、コンサートホールで初めてベートーベンの第九シンフォニーを聴いたとき、最初の音が余りにも小さいのにビックリしたという共通の記憶に大笑いした。二人とも音量つまみを調整して聞いていたのだ。
どれほど科学技術が発達しようと、アーティストが演奏する姿を目で捉え、その動きを目で追い、ナマの音響を振動とともに身体じゅうで感じることの幸せは、何物にも代えがたい。柔軟な感性の持ち主である子どもたちにこそ、その感動を体験して欲しい。芸術に関わる全ての人たちに共通する願いだ。しかし、最初の出会いを幸せなものにするには、どうしたら良いのだろう。まして、日常的な存在とは言い難い伝統芸能では・・・。確かな答えはない。
● 《和楽器》から始まった試行錯誤
2002年の『学習指導要領』で「和楽器」という語が初登場した。14年も前のことだ。誰もが「日本の楽器」と理解できる言葉として生まれたという。これを機に、義務教育のなかで「和楽器体験」をどう実践するかが話題になり始めた。
移行措置期間の2000年から、日本芸能実演家団体協議会(略称:芸団協)では、実演家がどのように貢献できるかを探るために、教員対象の実技研修を実施していた。しかし、回を重ねても、一向に授業に直結するような手応えは見えてこなかった。
単なる実技研修では意味がない! そう思った私たちは、先生と実演家とが協働できる授業プランを作って、先生には必要な知識や技術を予め身に付けてもらい、授業には実演家も関わるプログラムを考えた。生徒はコトバを作り、伝統的な発声や楽器の奏法を学んでオリジナルの作品をつくる。最後にプロの演奏を味わう構成で、生徒も教員も実演家もそれぞれが当事者意識をもつ仕掛けだ。私たちはコーディネーターとなり、客観的視点を得るために音楽教育学と発達心理学の専門家たちにアドバイザーを依頼した。
子どもたちが日常生活を送っている教室に、非日常を持ち込むことで、体験はより深くなる。2003年からの3年間に延48校で実施し、それなりの手応えを得た。しかし実演家にとっては、いわばアウェーでの実践であり、伝統芸能との接点をつくるきっかけづくりに徹したところに課題が残った。
● 実演家のフィールドで
次に取り組んだのが、実演家のホームグラウンドである稽古場に子どもたちが身を置くプログラムだった。約半年間の稽古の後、本格的な舞台で発表する。とてもシンプルな内容だ。繰り返し稽古を重ねるなかで、技術の習得だけでなく、和室や能舞台などの場が持つ力、実演家の振る舞いやちょっとした言葉、天候が楽器に及ぼす影響、正座した時の足の痛さ、足袋の履き方、着物による動きの制約等々、さまざまなレベルで伝統芸能の断片が一人一人の子どもの心身に沁み込んで行く。一過性の体験では得られない「経験の蓄積」である。
稽古を通して、家庭や学校で伝統芸能が話題になる機会が増え、関心の輪が少しずつ広がっていく。「キッズ伝統芸能体験」と名づけたこのプログラムは、今年で9年目を迎える。参加希望者は増加傾向にあり、伝統芸能への潜在的なニーズを感じる。
● 今とこれから、『次の一手』
伝統芸能が非日常的存在となって久しい。子どもたちは、偏見を持たずに、真っ新な心で受け止める。だからこそ、最初の接点をどのように提供できるかが大きな問題となる。前掲の「キッズ伝統芸能体験」は、主催者に社会的信頼がある、プロから学べる、参加費が低額、継続的に実施していることなどが、保護者の不安を和らげているようだ。しかし、資金には限りがあり、期間とエリア限定のプログラムでしかない。次の一手をどう構築できるか。どうしたら関心のない人たちに興味を持ってもらえるのか。堂々巡りのように問いかけは続く。
まずは、実演家と子どもたちが交流する場と機会を増やすこと。いろいろな人が、いろいろな場所で、工夫を凝らし、多様なプログラムを数多く提供し続けることが必要だ。その際に、関わる人も内容も場所も、良質であることは最低条件である。ジャンルや年齢は関係ない。大切なのは表現者としての力と本気度。プロとしての生き方に誇りを持ち、ブレないこと。どんな時でも、他者を思いやり、柔軟に対応できること。そして何よりも、学び合う姿勢の持ち主であること。そんな本気度の高いプロがもっと欲しい。
子どもたちとの学び合いは、確実に伝統芸能の未来を豊かにするはずだ。そしてその周辺に、仲介役を買って出るような、ちょっとばかりお節介な理解者や協力者がいれば文句ない。私はそういうお節介なオバサンでいたいと思う。
谷垣内和子(たにがいと・かずこ)
和歌山県出身。(公社)日本芸能実演家団体協議会・実演芸術振興部企画室長。地歌箏曲を中心に研究活動を行うかたわら、現代の伝統芸能を取り巻く文化環境に関する調査や、伝統芸能普及プログラムの企画制作等に携わる。共著に『実演家が学校にやってきた−和楽器授業ガイドブック』『日本の伝統芸能講座―音楽』『「伝統芸能の現状調査」報告書』など。(一財)地域創造「邦楽地域活性化事業」のコーディネーター等も兼務。
谷垣内 和子
(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会・実演芸術振興部企画室長)
● ナマの芸術に触れること
私が生まれ育った地方の山間の町では、ナマの舞台鑑賞の機会は、ほぼ皆無だった。日本の伝統楽器やナマの音に接することもなかった。幼い頃は、近所に住んでいた音楽教師からピアノを習い、小学校ではクラブ活動で器楽合奏を楽しむくらい。いわゆる音楽鑑賞は、限られたレコードやFMラジオがせいぜいだった。
先日、ある地方出身の友人との会話のなかで、コンサートホールで初めてベートーベンの第九シンフォニーを聴いたとき、最初の音が余りにも小さいのにビックリしたという共通の記憶に大笑いした。二人とも音量つまみを調整して聞いていたのだ。
どれほど科学技術が発達しようと、アーティストが演奏する姿を目で捉え、その動きを目で追い、ナマの音響を振動とともに身体じゅうで感じることの幸せは、何物にも代えがたい。柔軟な感性の持ち主である子どもたちにこそ、その感動を体験して欲しい。芸術に関わる全ての人たちに共通する願いだ。しかし、最初の出会いを幸せなものにするには、どうしたら良いのだろう。まして、日常的な存在とは言い難い伝統芸能では・・・。確かな答えはない。
● 《和楽器》から始まった試行錯誤
2002年の『学習指導要領』で「和楽器」という語が初登場した。14年も前のことだ。誰もが「日本の楽器」と理解できる言葉として生まれたという。これを機に、義務教育のなかで「和楽器体験」をどう実践するかが話題になり始めた。
移行措置期間の2000年から、日本芸能実演家団体協議会(略称:芸団協)では、実演家がどのように貢献できるかを探るために、教員対象の実技研修を実施していた。しかし、回を重ねても、一向に授業に直結するような手応えは見えてこなかった。
単なる実技研修では意味がない! そう思った私たちは、先生と実演家とが協働できる授業プランを作って、先生には必要な知識や技術を予め身に付けてもらい、授業には実演家も関わるプログラムを考えた。生徒はコトバを作り、伝統的な発声や楽器の奏法を学んでオリジナルの作品をつくる。最後にプロの演奏を味わう構成で、生徒も教員も実演家もそれぞれが当事者意識をもつ仕掛けだ。私たちはコーディネーターとなり、客観的視点を得るために音楽教育学と発達心理学の専門家たちにアドバイザーを依頼した。
子どもたちが日常生活を送っている教室に、非日常を持ち込むことで、体験はより深くなる。2003年からの3年間に延48校で実施し、それなりの手応えを得た。しかし実演家にとっては、いわばアウェーでの実践であり、伝統芸能との接点をつくるきっかけづくりに徹したところに課題が残った。
● 実演家のフィールドで
次に取り組んだのが、実演家のホームグラウンドである稽古場に子どもたちが身を置くプログラムだった。約半年間の稽古の後、本格的な舞台で発表する。とてもシンプルな内容だ。繰り返し稽古を重ねるなかで、技術の習得だけでなく、和室や能舞台などの場が持つ力、実演家の振る舞いやちょっとした言葉、天候が楽器に及ぼす影響、正座した時の足の痛さ、足袋の履き方、着物による動きの制約等々、さまざまなレベルで伝統芸能の断片が一人一人の子どもの心身に沁み込んで行く。一過性の体験では得られない「経験の蓄積」である。
稽古を通して、家庭や学校で伝統芸能が話題になる機会が増え、関心の輪が少しずつ広がっていく。「キッズ伝統芸能体験」と名づけたこのプログラムは、今年で9年目を迎える。参加希望者は増加傾向にあり、伝統芸能への潜在的なニーズを感じる。
● 今とこれから、『次の一手』
伝統芸能が非日常的存在となって久しい。子どもたちは、偏見を持たずに、真っ新な心で受け止める。だからこそ、最初の接点をどのように提供できるかが大きな問題となる。前掲の「キッズ伝統芸能体験」は、主催者に社会的信頼がある、プロから学べる、参加費が低額、継続的に実施していることなどが、保護者の不安を和らげているようだ。しかし、資金には限りがあり、期間とエリア限定のプログラムでしかない。次の一手をどう構築できるか。どうしたら関心のない人たちに興味を持ってもらえるのか。堂々巡りのように問いかけは続く。
まずは、実演家と子どもたちが交流する場と機会を増やすこと。いろいろな人が、いろいろな場所で、工夫を凝らし、多様なプログラムを数多く提供し続けることが必要だ。その際に、関わる人も内容も場所も、良質であることは最低条件である。ジャンルや年齢は関係ない。大切なのは表現者としての力と本気度。プロとしての生き方に誇りを持ち、ブレないこと。どんな時でも、他者を思いやり、柔軟に対応できること。そして何よりも、学び合う姿勢の持ち主であること。そんな本気度の高いプロがもっと欲しい。
子どもたちとの学び合いは、確実に伝統芸能の未来を豊かにするはずだ。そしてその周辺に、仲介役を買って出るような、ちょっとばかりお節介な理解者や協力者がいれば文句ない。私はそういうお節介なオバサンでいたいと思う。
和歌山県出身。(公社)日本芸能実演家団体協議会・実演芸術振興部企画室長。地歌箏曲を中心に研究活動を行うかたわら、現代の伝統芸能を取り巻く文化環境に関する調査や、伝統芸能普及プログラムの企画制作等に携わる。共著に『実演家が学校にやってきた−和楽器授業ガイドブック』『日本の伝統芸能講座―音楽』『「伝統芸能の現状調査」報告書』など。(一財)地域創造「邦楽地域活性化事業」のコーディネーター等も兼務。