創立メンバーであり、指揮者・代表として日本音楽集団と共に長年歩んできた田村拓男名誉代表が創立時からを振り返る回顧録。
1964年と65年にはそれぞれ年1回の定期、66年から70年にかけては年2回、71年には「伝統音楽シリーズ」を加えて年4回の演奏会が開かれ、邦楽界の耳目を集めた。

◆《第22回芸術祭参加》第6回定期演奏会(1967年11月7日 日仏会館ホール)
(1)「六重奏」伊藤隆太作曲
(2)組曲「面」元橋康男作曲 1:翁面、2:狂言面、3:能面、4:鬼面
(3)「三群のための形象」三木稔作曲 1:居機(いき)、2:文様(あや)、3:擣(とう)※
(4)「三絃と日本楽器によるディヴェロプメント」長澤勝俊作曲
※後に「三群のための形象」は「曲」(くせ〜三絃・琵琶・太棹)を加え1:文様(あや)、 2:居機(いき)、3:曲(くせ)、4:擣(とう)の「四群のための形象」として1969年の第9回定期演奏会で完成を見る。
【客演】芝 祐靖(竜笛)
【日本音楽集団同人】
向山英一郎(笛)、横山勝也(尺八)、宮田耕八朗(尺八)、古賀将之(尺八)、坂井とし子(箏)、白根きぬ子(箏)、野坂恵子(箏)、宮本幸子(十七絃)、山田美喜子(琵琶)、杉浦弘和(三味線)、田村拓男(打楽器)、清水義矩(打楽器)、横山千秋(指揮)、長澤勝俊(作曲)、三木稔(作曲)、鞍掛昭二(ディレクター)
(写真は、第6回定期チラシ)

◆第7回定期演奏会(1968年4月19日 日仏会館ホール)
(1)「尺八・三絃および二面の箏のための四重奏曲」間宮芳生作曲
(2)「尺八のためのコンポジション」元橋康男作曲
(3)組曲「人形風土記」長澤勝俊作曲
   1:二ポポ、2:こけし、3:のろま人形、4:流しびな、
   5:キジ馬、6:木うそ
(4)前奏曲集第T集より/ドビュッシー 三木稔編曲
   1:亜麻色の髪の乙女 2:吟遊詩人  (竜笛)芝祐靖(客演)
(5)古代舞曲によるパラフレーズ/三木稔作曲
   1:前奏曲、2:相聞、3:田舞、4:誄歌(るいか)、5:かがい
(ソプラノヴォ‐カリーズ)瀬山詠子(客演)
日本の代表的な楽器「笛」の参加は一層の魅力を増し、盤石な形を築いて行った。レパートリーも拡大に向かって着々と進んだ。
 組曲「人形風土記」と「古代舞曲によるパラフレーズ」の2曲はその確固たる位置を伺う構えを見せる。そして、なんとドビュッシーの前奏曲へのトライは邦楽界・音楽界を唖然とさせた。西洋オーケストラの名曲を邦楽器で演奏しようというのだから…。ただ置き換えただけでは物笑いに終わるだろう。邦楽器で演奏する値打ちがなければならない。
 終わって皆は、某かの手応えを感じていた。
(写真は、第7回定期チラシ)

[間宮芳生氏の言葉]
 日本音楽集団が、この数年に挙げた業績は、見事なものです。わたしたちの民族の、音楽文化の今の問題への、するどい目と、未来への明確な展望が、感じられるばかりでなく、目前の、さまざまな現象・流行などに目もくれず、その明確な展望に立って着手した仕事を、辛抱強く継続し、着々と成果をつかみかさねてきていることに、なにより、ぼくは尊敬と共感を覚えます。〜後略〜
(第7回定期演奏会プログラムより転載)

◆明治百年記念芸術祭参加 第8回定期演奏会
(1968年11月13日 朝日生命ホール)
 「尺八三重奏曲」清瀬保二作曲、「箏四重奏曲」長澤勝俊作曲(NHK委嘱作品)、他
第1回演奏会で演奏された尺八三重奏曲は早やレパートリ―への定番化の兆しが見える。 同時に箏四重奏曲の誕生は、箏群の確固たるレパートリーとなって行った。
NHK-FM「現代の日本音楽」への出演はほぼ毎週あり、新作の作品が放送されるのを待ちわびる若い大学のサークル(特に関西方面)があって現代邦楽の流れを作っていったといえる。
(写真は、第8回定期チラシ)

◆広瀬量平作品が登場 第9回定期演奏会 (1969年6月10日 朝日生命ホール)
第9回定期演奏会では広瀬量平作品「トルソ」が登場。広瀬は集団箏群の母体となった泉会(白根きぬ子、野坂恵子、宮本幸子)の委嘱で書いた「トルソ」、また、尺八三重奏団(村岡実、横山勝也、宮田耕八郎)のために書いた「霹(へき)」を発表し、初の邦楽器作品への道に入った。
村岡実(尺八)退団の後を古賀将之が担当、また坂井敏子(箏)の入団は箏奏者であると同時に太棹三味線でもあり、集団に幅の広さと可能性を呼び込むことになった。
(写真は、第9回定期チラシ)

◆日本音楽集団の外国呼称名「Ensemble Nipponia」と決まる
日本音楽集団は国内のみならず、世界にも発信し,海外公演も行いたい夢を持っていることから、外国呼称をつけ「Ensemble Nipponia」とした。
(※注記−外国語名称は、1981年第8次海外公演(ロンドン公演)を契機に《 Pro Musica Nipponia 》に変更した。)

◆佐藤敏直作品が登場 第10回定期演奏会 (1969年10月31日 朝日生命ホール)
(1)「箏のための組曲」石桁真礼生作曲
(2)「詩曲」〜独奏尺八のための〜長澤勝俊作曲/尺八:宮田耕八朗
(3)「ディヴェルティメント」佐藤敏直作曲〈委嘱・初演〉
(4)「序の曲」三木稔作曲〈初演〉/弦楽合奏:東京ゾリステン/指揮:荒谷俊治(客演)
(5)「子供のための組曲」長澤勝俊作曲
客演指揮に荒谷俊二、弦楽オケに東京ゾリステン、助演に沢井忠夫、山本邦山らが登場。芸術祭奨励賞を初受賞。

[清瀬保二氏の言葉]
 この集団が早くも10回目の演奏会を開くという。本当によくやってきたと思う。
 第1回演奏会を第一生命ホールで開いたのを思い出す。すさまじい団員諸氏の意欲を感じたが、会後、地球がまだ固まらず、"いまだ形をなさず…"とでもいいたいような感想をのべて談笑したことを思い出す。何回目だか忘れたが、"おや"と思わずにいられない団員諸氏の統一と、作品の落ちつき、またその目標がはっきりしてきたことを感じたし、漸次落ちつきと自信を感じた。遂にその努力の成果が認められて先般「芸術祭奨励賞」を得たことは、団員諸氏の全くの努力のたまものであり、改めておめでとうを述べたい。
 この集団のかかえた困難な問題は、また日本のかかえた問題であり、洋楽との対決、あるいは吸収消化といろいろ考えれば、いわば日本のどうしても避けられない、いわば宿命とも言える難問題で、ただ音楽技法の研究だけでは解決し得ない問題があると思う。邦楽家は邦楽家として、洋楽家は洋楽家として、避けることの出来ない問題をかかえていると思う。
 この二つの分野の人が一致して"新しい日本の音楽"を開拓している集団というところに特色があり、また目的を果たすにいい条件を持っているといえよう。
 今後もよりこの目的を鮮明にしながら、努力を持続して行かれることを希望する。
(第10回定期演奏会プログラムより転載)

 私達の運動が自分たちだけのものではなく、日本の音楽界すべてのものであることを願う心から、また私たちの創作・演奏がマンネリズムにおち入らないためにも、これからも常に委嘱・客演を私達の演奏会の一つの重要なポイントとして考えて行きたい。
(鞍掛昭二/第10回定期演奏会プログラム)

【その他の寄稿者】(五十音順)
 石丸寛、北原篁山、佐々木光、芝祐靖、清水修、鈴木一郎、富樫康、中島靖子、中能島 欣一、長廣比登志、丹羽正明、村岡実、村松道弥、唯是震一、結城亨
(写真は、第10回定期チラシ)

◆二十絃箏の開発! 野坂恵子の挑戦
 現代邦楽の隆盛を支えてきた主役の一つが箏であることには異論はなかろう。
しかしさしもの箏も糸数が13本であってみれば、作曲家や演奏家にとっては絃数を増やしてみたい欲望がわいてくるのも至極当然。
 野坂恵子の二回目のリサイタルでは二十絃箏の出現により、ステージ上での箏の取り換え作業もなくなり、七本の糸を増やした二十絃箏の開発は作曲家の創造意欲を駆り立てることになった。

◆横山勝也「ノベンバー・ステップス」で世界へ
 尺八の横山勝也は、武満徹の「ノベンバー・ステップス」のソリストそして指揮者小沢征爾・鶴田錦史らと海外公演の機会が増える。

◆レコードのリリース
 日本音楽集団のレコードがコロンビアからリリースされる。