創立メンバーであり、指揮者・代表として日本音楽集団と共に長年歩んできた田村拓男名誉代表が創立時からを振り返る回顧録。
◆回顧録トップ
1. 現代邦楽の黎明
2. 月曜日は日本音楽集団の日に…
3. 私たちの活動はすべて「演奏」に集約される
4. 日本音楽集団の外国呼称決まる
5. 新しい様式を考える
6. 夏の合奏研究会&「萌春」誕生
◆村岡実、山内(箏)退団の衝撃! 泉会(箏)白根きぬ子、野坂恵子を迎える
確かな手応えを感じた第1回演奏会ではあったが、第2回目の演奏会をまえにして変動が起こった。結成をリードした尺八の村岡実、そして箏メンバーの山内喜美子、上参郷美枝も退団。ポピュラー路線を想定していた村岡らにとっては意に沿わないものだったらしい。
東京尺八三重奏団はあえなく解散。日本音楽集団第2回演奏会での尺八には山本邦山を賛助に迎え、宮田耕八朗・横山勝也とのトリオが実現した。箏メンバーには泉会の白根きぬ子、野坂恵子を迎え、宮本幸子とのコンビで箏セクションが固まって行った。
(写真は第2回演奏会チラシ)
◆私たちの活動はすべて「演奏」に集約される
(1966年6月23日/日仏会館/第3回定期演奏会のプログラムより)
私たち日本音楽集団も結成以来3年目を迎えて、ここに第3回定期演奏会を行うことになりました。鼻息ばかりが荒かった第1年目、いろいろと問題の多かった第2年目を過ぎ、石の上にも3年という第3年目がやってまいりました。― 中略 ―
私たちは、日本の音楽を愛し、よりよく発展させたいと願う演奏家と作曲家の集まりであります。私たちは日本の音楽の伝統を十分に尊重し、その魂を学びとりながら、流派やしきたりにこだわらず、新しい日本の音楽を創るために大いに努力してまいりたいと考えております。
私たちの活動はすべて「演奏」に集約されます。とりわけこの定期演奏会こそ私たちのすべてのエネルギーを注ぎ込む大切な行事であります。― 後略 ―
昭和41年6月 日本音楽集団一同
(写真は第3回定期演奏会パンフレット)
◆篠笛 向山栄一郎(現:望月太八)の参加
日本の音には、笛は欠かせないもの。第2回演奏会で賛助出演した向山栄一郎(現:望月太八)が参加、以降同人となった。
作曲家は待っていましたとばかりに笛入りの曲を試みる。
第4回定期演奏会(1966年10月24日第一生命ホール)において組曲「人形風土記」(1:二ポポ、2:こけし、3:のろま人形、4:流しびな、5:キジ馬、6:木うそ)長澤勝俊作曲、「古代舞曲によるパラフレーズ」(1:前奏曲、2:相聞、3:田舞、4:誄歌、5:?歌)三木稔作曲の名曲が生まれた。
"水を得た魚のように"という言葉があるが、これらの曲は、笛が入ってこそまさに「日本の音」「日本の響き」になったのだ。
(写真は、第4回演奏会チラシ)
◆第5回定期演奏会(1967年6月26日/日仏会館)ではバッハが登場!
(1)バッハ・管弦組曲第2番より/日本音楽集団編曲が登場!
ロンド、ポロネーズ、バディネリ
(2)古代舞曲によるパラフレーズ/三木稔作曲(昭41年度NHK委嘱作品)
(3)四つの締め太鼓・横笛・祭太鼓による小組曲「ともし火に寄せて」/芝祐靖作曲
(4)子供の四季/長澤勝俊作曲(昭41年度NHK委嘱作品)
ソプラノ:増田睦美 バリトン:池田明良 合唱:荒川少年少女合唱隊
指揮:秋山和慶
バッハの管弦楽組曲は、単に日本楽器にうつしかえたということではない。新しいオーケストレーションによって驚くほど新鮮な、眼をみはるような音楽に生まれ変わってしまった。(鞍掛昭二)
創立3年目を迎えた日本音楽集団の面々には、何とも言えない「自信」のようなものが芽生えた時期であり、バッハにも挑戦しようという機運が高まっていた。上記鞍掛ディレクターの記したコメントには彼もいうように決して傲慢なものではなく、日本の楽器で歌うバッハには西洋楽器とは違う日本的な味わいが出せるのではないかとの思いがこもっていた。
東京尺八三重奏団はあえなく解散。日本音楽集団第2回演奏会での尺八には山本邦山を賛助に迎え、宮田耕八朗・横山勝也とのトリオが実現した。箏メンバーには泉会の白根きぬ子、野坂恵子を迎え、宮本幸子とのコンビで箏セクションが固まって行った。
私たちの活動はすべて「演奏」に集約されます。とりわけこの定期演奏会こそ私たちのすべてのエネルギーを注ぎ込む大切な行事であります。― 後略 ―
昭和41年6月 日本音楽集団一同
作曲家は待っていましたとばかりに笛入りの曲を試みる。
第4回定期演奏会(1966年10月24日第一生命ホール)において組曲「人形風土記」(1:二ポポ、2:こけし、3:のろま人形、4:流しびな、5:キジ馬、6:木うそ)長澤勝俊作曲、「古代舞曲によるパラフレーズ」(1:前奏曲、2:相聞、3:田舞、4:誄歌、5:?歌)三木稔作曲の名曲が生まれた。
"水を得た魚のように"という言葉があるが、これらの曲は、笛が入ってこそまさに「日本の音」「日本の響き」になったのだ。
(1)バッハ・管弦組曲第2番より/日本音楽集団編曲が登場!
ロンド、ポロネーズ、バディネリ
(2)古代舞曲によるパラフレーズ/三木稔作曲(昭41年度NHK委嘱作品)
(3)四つの締め太鼓・横笛・祭太鼓による小組曲「ともし火に寄せて」/芝祐靖作曲
(4)子供の四季/長澤勝俊作曲(昭41年度NHK委嘱作品)
ソプラノ:増田睦美 バリトン:池田明良 合唱:荒川少年少女合唱隊
指揮:秋山和慶
バッハの管弦楽組曲は、単に日本楽器にうつしかえたということではない。新しいオーケストレーションによって驚くほど新鮮な、眼をみはるような音楽に生まれ変わってしまった。(鞍掛昭二)
創立3年目を迎えた日本音楽集団の面々には、何とも言えない「自信」のようなものが芽生えた時期であり、バッハにも挑戦しようという機運が高まっていた。上記鞍掛ディレクターの記したコメントには彼もいうように決して傲慢なものではなく、日本の楽器で歌うバッハには西洋楽器とは違う日本的な味わいが出せるのではないかとの思いがこもっていた。